東京高等裁判所 平成2年(行ケ)8号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨並びに審決の理由の要点)並びに前提技術及び引用例にも内側を表にして拡開した状態でT字状の形状をなすおむつカバー(T字形おむつカバー)が示されていることは当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
1(一) 請求の原因四の1(本願考案の特徴)の(一)の事実及び(二)のうち「うつ伏せ着用法」、「前身頃」、「後身頃」が原告主張のようなものであることは当事者間に争いがなく、前記当事者間に争いのない本願考案の要旨や成立に争いのない甲第二、第三号証(以下、これらを総称して「本願明細書」という。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、請求の原因四の1(二)の事実(ただし、右争いのない点を除く。)を認めることができる(なお、右認定事実のうち、一般におむつカバーにおいては、後身頃の面積を前身頃より大きくする必要があることは、原告主張のおむつの濡れ方の点のみならず、脚部の付き方や臀部の方が腹部よりも大きいという体形上の問題並びに前提技術及び引用例のおむつカバーにおいても、後記2(一)認定のとおりすべてそのようになつていることに徴し、肯認し得るところである。)。そして、右事実によれば、本願考案は、うつ伏せ着用に適したおむつカバーを提供することを目的として、おむつカバーの本体(T字形の縦棒部分)の上方部分と下方部分の面積関係を、上方部分の面積を下方部分より大きくした従来のものとは全く逆に、下方部分の面積を上方部分より大きくする構成を採用し、これにより、うつ伏せ着用の場合に、後身頃の面積が前身頃の面積より小さくなるような支障が生じないようにしたものということができる。
(二) また、本願考案が、物品の形状、構造又は組合せに係る実用新案に関するものであることを考慮すれば、その登録請求の範囲における「うつ伏せ着用の…」との文言は本願考案のおむつカバーの最適な乳幼児への着用姿勢状態を示したものであり、また「後身頃となる…」「前身頃となる…」との文言も、そのような着用法によつた場合に、おむつカバーの本体(T字形の縦棒部分)の上方部分が前身頃になり、下方部分が後身頃となることを説明したものと解され、本願考案のおむつカバーの具体的な形状等を離れて、右記載の有無のみで本願考案の進歩性が肯認されたり、否定されたりするものでないことはいうまでもない。
(三) なお、付言するに、本願明細書(前掲甲第二、第三号証)は、被告も主張するように、本来、後身頃の面積を前身頃より大きくする従来公知の構成の利点にすぎない点を恰も本願考案の構成に基づく作用効果であるかの如く記載しており、他方、必ずしも前記(一)認定の点についてすべて明記していると認められるわけでもないが、本願考案の構成及び本願明細書の全記載に徴し、本願考案が前記(一)認定のようなものであることは当業者の容易に認識、理解し得るところというべきである。
2 そこで、右1に認定説示したところを前提に、原告主張の取消事由の存否について判断する。
(一) まず、審決が、進歩性判断の前提として、本願考案における「おむつカバーの内側を表にしてT字状に拡開した状態において下方部分の面積を上方部分の面積より大きくした」構成につき、本願考案の明細書においても上方部分と下方部分の定義が明確にされておらず、前提技術及び引用例のおむつカバーの形状と区別しがたい旨指摘している点の当否について検討する。
本願明細書(前掲甲第二、第三号証)の添付図面第六図、第九図に背中側からみた本願考案のおむつカバー(実施例)の装着状態が示されており、また、本願考案のおむつカバーでなく前提技術に関するものではあるが、本願明細書中に「第3図はその装着状態を示す概要図であり、前身頃1Bが腹部に、後身頃1Aが背部に夫々あたるようになつている」(二頁一行ないし四行)との記載とともに、添付図面の第三図に腹部側からみた前提技術のおむつカバーの装着状態が示されているので、これらを図を参照することにより、本願考案にいう上方部分及び下方部分とは、装着状態において乳幼児の股の最下部に当たる部分を境界にして、羽根の取付け側を上方部分、その反対側を下方部分とするものであることが容易に理解し得るところである。また、その面積関係についても、本願考案のおむつカバーについては、その拡開図である第四、五図及び第七、八図から、その下方部分が上方部分より大きくなつていることが明瞭であり、また、右前提技術のおむつカバーについては、本願明細書の添付図面第一、二図(前提技術のおむつカバーの拡開図)から、本願考案のおむつカバーと逆にその上方部分が下方部分より大きくなつていることが明らかであるし、前記第三図の殊に股ぐりの部分に着目すれば、その点が一層明らかであるというべきである。また、引用例のおむつカバーについてみると、前掲甲第四号証の第三図(拡開図)からは必ずしも明らかではないが、第一、二図の殊に股ぐりの部分に着目すれば、前提技術と同様の面積関係になつているものであることが明らかである。
以上によれば、本願考案の規定する形状は、前提技術及び引用例の形状と明確に区別することができ、かつ全く異なるものであると認めることができる。
(二) 次に、審決が、右(一)の点が区別し得るとしても、T字形おむつカバーの上下部分の面積関係をどのようにするかは当業者が任意に改変実施できる事柄にすぎず、それによる作用効果も格別のものではないとしている点の当否について検討する。
本願考案は、前記1(一)認定のとおり、うつ伏せ着用に適したT字形おむつカバーを提供することを目的として、おむつカバーの本体の上方部分と下方部分の面積の関係について、上方部分の面積を下方部分の面積より大きくした従来のものとは全く逆に、下方部分の面積を上方部分の面積より大きくする構成を採用し、それによつて、うつ伏せ着用による場合に後身頃の面積が前身頃の面積より小さくなるような支障が生じないようにしたものである。そしてその結果、本願考案のおむつカバーは、うつ伏せ着用に支障なく使用されることが可能となり、例えば、うつ伏せに寝かせる育児法を実施する際や、うつ伏せの習癖のある乳幼児のおむつ替えをする際に、前記1(一)認定のように乳幼児を一々仰向けにさせる必要もなく、おむつカバーの装着時に羽根部分により腹部が圧迫されることもない等の利点が得られるものといい得るのである。
しかして、前提技術及び引用例のおむつカバーが仰向け着用を予定するものであることは、前記本願明細書の図面第三図及び前掲甲第四号証の第一、二図からも明らかであり、したがつて、これらが前記本願考案の課題や構成を何ら示唆するものでないことが明らかであるから、他にかかる課題等を示唆する先行技術の存在が示され、これとの対比検討を経るのでなければ、右本願発明が特徴とする構成を容易に推考し得るものと断ずることはできず、また、右構成の奏する作用効果をもつて格別のものではないと断ずることもできない。しかるに、審決は、右前提技術及び引用例以外の何らの先行技術をも引用することなく前記のように認定判断しているものにすぎないから、その誤りは明らかである。
(三) 被告は、成立に争いのない乙第一号証を援用する等し、うつ伏せ着用法自体は従来から知られていたことを理由に、おむつカバーの着用を仰向け着用法によるかうつ伏せ着用法によるかは二者択一の問題にすぎないなどと主張しているが、仮にそうであつたとしても、そのことから直ちに前記認定のような本願考案の課題や構成等が導かれるものではなく、そうである以上、本願考案の構成を設計事項にすぎないとすることもできない。
3 そうであれば、審決における本願考案の進歩性の判断は誤りというほかないから、原告主張の取消事由は理由がある。
三 そして、右の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。
おむつカバーの内側を表にしてT字状に拡開した状態に於て、後身頃となる下方部分の面積を、前身頃となる上方部分の面積より大きくしたうつ伏せ着用のおむつカバー(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
図面(一)
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